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学習について考える

2024年6月5日

最近仕事ばかりでブログに書くことがあまりない。 なので、ちょっとテーマを設けてみることにする。 テーマは「学習」だ。 学習は仕事の中でも起きるので恐らくなにかかけると思う。

今日はアナロジーについてなんとなく考えてみる。 アナロジーとは類推のことだ。類推は学習において重要である。 アナロジーと言うより類推と言うほうが個人的に好きなので以降はそうする。

学習にはいろいろな形があるが、その中の1つに類推による抽象化があると思う。 何かしらインプットがあったときに、抽象度を上げてより多くの事象に適用出来るようにする。 そのようなことをする際に類推が必要となる。 事象Aへの対応について学習すると、事象Aへの対応は出来るようになる。 しかし、その経験を別の事象Bにそのまま適用することはできない。 そこで類推が出てくる。事象Aと事象Bを類推して、両事象に適用できるCを抽出するのだ。 そうすると事象Bへ完璧に対応できずとも、Cの部分については新たに学習せずにスキップできるため学習効率が上がる。 類推には学習を加速させる力があるのだ。

このような類推を行う際に必要なのは事象の分解だ。 分解することで共通点を探すことが出来る。 なので、類推の力を借りて学習をしようと思うならば、事象を分解する努力をするべきだ。 分解して覚えておけばそのうち類推が勝手に走る。 そのように考えると、学習は事象を分解して覚えておくことだと言える。 学習の形は他にもあるだろうが、これも1つの側面であることは確かだろう。

人それぞれ「哲学」を持っていると思う。 実はそれは事象の分解、類推を行い凝縮した結果なのだ。 私は仕事で様々なことに適用可能な「哲学」をたくさん作り上げていきたい。