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学習について考える(単純な学習)

2024年6月7日

以前、学習と類推の関係について書いた。 その続きを書くぞ〜。ちょっと今回は考えながら書きがち。

私がよく類推の対象にするのが音ゲーだ。 音ゲーの練習は学習の中でも単純な部類だと考えている (決して簡単と言っているわけではない)。 そして、単純故にあらゆる学習の類推の対象にしやすい。

例えば、とにかく練習量が必要であることとか、 脳みそが成長するタイミングとか、ちょっと言葉で表してもぱっとしないが、 そういう、学習するうえでの基本的な部分を理解し、それを別の学習に当てる事ができる感じ。 なので、なにか1つでも「学習に必要な類推の基礎となるものが得られる学習」を取り組んでおくと良いのだろう。

比較的単純な学習とはなにか。 それは、事象の分解をしたときにパーツが少ないものだと考える。 類推するためには事象を分解して、他の学習に適用できるパーツを用意する事が大事だと以前の記事で述べた。 分解したときにパーツが少ないということはその事象は比較的単純だったということになる…気がする。

ん?ということは、なるべく複雑な事象を学習したほうがいろいろなパーツを得られてよいのではないか? もう1つ言えば、より複雑な事象を分解できるようになることが学習の次なるステップではないか? なんかそれが自然な気がする。 分解ってなんだ?という疑問も湧いてきた。

汎用的なパーツと、何かに特化したパーツ、どちらが良いか?みたいな話だな。