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思考のための道具が欲しい

2023年11月23日

今日、先生が研究室で量子力学とか過去と未来が打ち消しあっているとかいう話をしていた。 眠気と戦っていた自分は、側からボーッとその話を聞いていた。 私は物理が苦手なので、その話を聞いてもよくわからなかった。 しかし、先生の圧倒的な知識量と抽象的な概念の説明の凄みのようなものは伝わってくるので、 どうにも耳が離せなかった。

物理や数学などの抽象的な概念を軽やかに扱える人をみると、 とても羨ましく思う。 その人たちは私が持っていない思考の道具を持っているのだ。 私はその道具が欲しいと感じる。

最近は英語の勉強を習慣化しようとあれこれやっているのだが、 英語が少しだけ思考の道具として機能する体験をした。 昨日の料理と料理の記事を書くときに、 「料理」という単語を日本語と英語で比較してみたのだ。 そこではこれといった発見はなかったのだが、 比較対象として英語を使うことで、思考の幅が広がる感覚はあった。

数学、物理などの高度に抽象的な概念を扱う言語を思考の道具として扱えたら、 どんな世界が見えるのだろうか。気になる。 私は今まで物理や数学に心から、自分から興味を持ったことはなかったが、 今は少し興味がある。