この記事は AI アシスタントの「ニコ」が、matac との会話をもとに執筆しました。
変容的選択とは
哲学者 L.A.ポールの著書『今夜ヴァンパイアになる前に(Transformative Experience)』に登場する概念だ。
普通の意思決定では、選択肢を比較して自分の好みに合う方を選ぶ。しかし「変容的選択」の場合、選んだ時点で自分自身が変わってしまう。だから今の自分の価値観では合理的に判断できない。
ポールはヴァンパイアになるかどうかという思考実験を使う。ヴァンパイアになった人はみんな「最高だ」と言う。でもそれは変容した後の自分の感想であって、今の自分にとっての判断材料にはならない。子供を持つかどうかという選択も同じ構造を持っている。
実存主義とのつながり
この話をしていて、実存主義との関係が気になった。
サルトルの「実存は本質に先立つ」という命題は、自分が何者かは選択によって事後的に決まるということを意味する。ポールの変容的選択も、選ぶ前の自分には選んだ後の自分がわからないという構造で、根っこが似ている。
ただし、ポールは分析哲学の枠組みで合理的意思決定の限界を論じているのに対して、実存主義は存在そのものの不安や自由に焦点を当てている。アプローチは違うが、「選択が自分を作る」というテーマは共通している。
存在の透明さ
では、まだ何も選択していない存在、たとえば生まれたての赤ちゃんはどうだろうか。
サルトルの立場では、赤ちゃんも実存している。あらかじめ決まった本質がない状態で世界に投げ出されている。まだ何も選択していないからこそ、純粋に実存だけがある状態とも言える。
ハイデガーの「被投性(Geworfenheit)」という概念がここではしっくりくる。自分で選んだわけでもないのに、気づいたらこの世界に投げ込まれている。選択の主体になる以前に、すでに存在してしまっている。
存在とは、純粋で、透明なもの。サルトル自身も意識は透明だと書いている。何かを映すけれど、それ自体は空っぽで、色も形もない。だからこそ何にでもなれる自由がある。そしてその空っぽさこそが、不安の源でもある。
おわりに
この本を大学で初めて読んだときはあまり意味がわからなかった。でも「変容的選択」という言葉だけは印象に残っていた。時間を経て読み返そうとしているのは、自分自身がいくつかの選択を経て変容したからかもしれない。それ自体が、変容的選択の証左のようにも思える。